1. トップ
  2. トピックス
  3. アンチエイジングの本命=高ポリアミン食

アンチエイジングの本命=高ポリアミン食

自治医科大学大宮医療センター
総合医学2・大学院
早田邦康氏

医療現場からの検討

近年の栄養学と医学の進歩により、口から食事ができない状態ヒトでも何年も点滴だけで生きる事ができる様になった。しかしながら、同じ栄養を投与する場合でも、静脈から投与するより口を通して消化管に入れたほうが免疫機能などの体の状態にとっては、より有益である事が判ってきた。これは、腸内への食物の通過による腸粘膜での免疫機能の増強と腸管内細菌叢(善玉菌と呼ばれている細菌)の増加と安定による効果であることが推測されるが、その機序やどのような物質が免疫機能の強化に関与しているかは不明な事が多い。私は病院内において栄養療法をアドバイスする栄養サポートチームのリーダーとして活動しているが、活動を通じて再認識したのは経口的に摂取する栄養の重要性であった。

患者の免疫機能を強化する目的で経口栄養製剤が用いられているが、これらの製剤には魚油、核酸、アミノ酸であるアルギニンやグルタミンなどが配合されている。これらの製剤によって免疫機能の低下した術後や外傷後の患者の快復に良好な効果をもたらすことが報告されている。手術や外傷を受けた患者では強い侵襲(体に対する負担)の影響で免疫機能が低下して、細菌などの外敵が侵入しても免疫細胞が充分な機能を果たせなくなっている。細菌などの外敵を倒すためには外敵を倒すために必要な物質を免疫細胞が分泌する必要があるが、強い侵襲が生じた後には必要な物質を十分に分泌できなくなってしまうことが原因の一つと考えられている。このような物質の一つに炎症性サイトカインと呼ばれている物質がある。では、免疫細胞が炎症性サイトカインを多量に産生する事が出来れば体を守る事が可能かというと、決してそう単純ではない。すなわち、このような患者では免疫機能の一部が過敏になり、細胞の調節機能が低下しているために、本来は外敵を攻撃するために用いられる炎症性サイトカインなどの物質が自分自身の細胞を攻撃して臓器の機能を障害してしまう事がある。場合によっては、臓器の大半が障害をうけて、機能不全に陥ってしまい、患者は命を落とす事もある。魚油、核酸、アミノ酸であるアルギニンやグルタミンなどを強化した栄養製剤は、免疫機能の状態を適度に調整することによって患者の状態を改善していると考えられている。すなわち、免疫細胞が過剰に反応するのを抑制する事によって体内の臓器や組織の機能を保護すると同時に、細菌などの外敵からの防御機能を強化するというバランスのとれた効果を発揮するというのである。侵襲によって過敏になり弱ってしまった免疫細胞を、魚油、核酸、アルギニンやグルタミンは外敵に対して過敏に反応することなく、確実に機能するたくましい免疫細胞に変化させるというわけである。

魚油は、前述した様に魚油に含まれるEPAやDHAなどが炎症を抑制する様に作用することがわかっている。核酸は経験的に用いられてきた物質であるが、免疫機能への作用機序は必ずしも明らかではない。アルギニンとグルタミンは、アミノ酸のなかでも免疫機能に関する作用に注目が集められているが、この2種類のアミノ酸が免疫機能を強化する機序には不明な点も多い。非常に興味深いのは、核酸、アルギニン、グルタミンにはポリアミンが共通しているという事実である。ポリアミンは細胞の核、ミトコンドリア、細胞膜に結合しており、核酸には高濃度のポリアミンが含まれている。また、ポリアミンの原料であるオルニチンは、途中の代謝経路は異なるが、アルギニンとグルタミンから合成される(図1)。

図1 ポリアミン合成経路
図1

アミノ酸であるアルギニンとグルタミンは、それぞれの酵素の働きでオルニチンに合成される。オルニチンはプトレスシン、スペルミジン、スペルミンへ合成される。オルニチンまでの合成酵素とOrnithine decarboxylase (ODC)の活性は適切な刺激によって増強されるが、スペルミジンとスペルミンの合成酵素であるSpermine/Spermidine synthaseの活性は刺激によっても増強されにくい。よって、高齢者でもプトレスシンまでは合成が期待できるが、スペルミジンとスペルミンの合成量は刺激によっても増加しにくい。
@Ornithine decarboxylase (ODC)、ASpermine/Spermidine synthase、BS-adenosylmethionine decarboxylase (AdoMetDC)、CAcetyl CoA: spermine/spermidine N1-acetyltransferase、DPolyamine oxidase (PAO)

すなわち、医療の現場で免疫機能の低下した患者の炎症の抑制と免疫機能の強化を目的として現在用いられている薬品や食品には、EPA、DHAとポリアミンを多量に含んだ物質やポリアミン合成に必要不可欠なアミノ酸が含まれているのである。

ポリアミンとは

ポリアミンはヒトの細胞を含めたほとんど全ての生物(微生物、植物、動物)の細胞に存在し、分裂の活発な細胞内では多量に合成される。細胞の構造や機能の安定の為に必要であることが判っており、細胞が増殖と分化を安定的に行う上では必要不可欠である。ヒトの代表的なポリアミンは、プトレスシン、スペルミジン、スペルミンの3種類である(図2)。前述したように、アミノ酸であるアルギニンとグルタミンはオルニチンに変換される。オルニチンは酵素の作用でプトレスシンになり、プトレスシンからスペルミジンが合成され、スペルミジンからスペルミンが合成される。ポリアミンの名前は、‘アミン(NH2)’が複数‘ポリ’含まれているためにつけられた。プトレスシンにはこのアミノ基が2個、スペルミジンには3個、スペルミンには4個存在する。プトレスシンはアミノ基が2個なので、ジアミン(ジ=di=2つの)と呼ばれてポリアミンとは区別されることもある。

図2 ヒトの代表的なポリアミン
図2

アミン(NH2)が複数‘ポリ’含まれているためにポリアミンと呼ばれる。プトレスシンにはアミノ基が2個、スペルミジンには3個、スペルミンには4個存在する。プトレスシンはアミノ基が2個なので、ジアミン(ジ=2個)と呼ばれてポリアミンとは区別されることもある。
動物実験では、プトレスシンは腸管内から吸収されにくいが、スペルミジンとスペルミンは吸収されやすいことが判っている。これは、腸管内にはプトレスシンを分解する酵素はあるが、スペルミジンとスペルミンを分解する酵素がないためであると考えられている。

成長している若い個体ではポリアミンは活発に合成されるが、加齢とともにポリアミンを合成する酵素の活性が低下する。ポリアミン合成酵素の中でも、アルギナーゼやOrnithine decarboxylase(ODC)は何らかの適切な刺激によって酵素活性が亢進することが指摘されている。しかし、スペルミジンやスペルミンを合成する酵素(Spermine/Spermidine synthase)の活性は加齢とともに低下し、刺激によっても増強されにくい事が判っている。よって、高齢者にポリアミンの原料であるアルギニンやグルタミンとポリアミンを合成するために必要なエネルギー(カロリー)を投与してもポリアミン合成が亢進するわけではない(図1)。

すると、なぜポリアミンの原料であるオルニチンの原料のアルギニンやグルタミンが、成長の止まったポリアミン合成酵素の活性の低下した高齢の患者においても有効であるのかという疑問が生じる。なぜならば、成長の止まった成人の体内ではポリアミンが合成されにくいために、アルギニンやグルタミンを投与してもポリアミン、特にスペルミジンとスペルミン合成には用いられにくいと考えるべきであるからである。投与されたアルギニンやグルタミンはポリアミン以外の物質に変換されて、免疫機能に作用していると考える事もできる。この点に関しては後述するが、成長の止まった成人では、ポリアミンは腸管内(すなわち食物に含まれるものや腸内細菌が合成したものなど)から供給されるものが重要であることが指摘されている。

このように、アンチエイジングを考える上では、ヒトの体内での加齢に伴う酵素活性の変化を把握しておく必要がある。高齢者の体内では、ある種の物質の合成に必要な原料を補給しても、物質の合成に必要な酵素活性の低下のために合成されにくい物質がたくさん存在する。これこそがエイジングなのである。若い人達のみずみずしい潤いのある肌は、みずみずしく潤いを持たせる物質が多量に合成されているためである。高齢者ではこの成分を作る酵素活性が低下しているために若い人達と同じ物質を合成する事が困難になっている。よって、若年者と同じ物質を摂取しても、同じ代謝経路で物質が合成もしくは代謝されるわけではない。若い人がたくさん合成できる成分を食べても、みずみずしく潤いを持たせる物質が合成されるわけではなく、脂肪に変換される可能性が高いということである。これは動物実験においても同様であり、若い動物を用いてアンチエイジング作用を検討しても、加齢による代謝酵素の状態が明らかにできない場合には、極めて根拠に乏しいものであるとしか言えない。

©Food Style21